最高裁判所第三小法廷 昭和41年(行ツ)34号 判決 1972年7月25日
上告人
東京都知事
美濃部亮吉
右指定代理人
石葉光信
外二名
被上告人
久松茂
右訴訟代理人
菅野次郎
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人石葉光信、同小幡哲夫、同糖谷昇三の上告理由一について。
訴外三間豊次郎が本件道路につき道路位置廃止の申請を決意してから現実に申請するまでの間の経緯に関する原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の事実の認定は、挙示の証拠に照らし、是認することができ、この点に関する証拠の取捨判断も首肯することができる。そして、右事実に徴すれば、被上告人は建築基準法(以下基準法という。)における道路位置廃止の意味を正しく理解したうえで右廃止についての承諾をしたものとは認められないから、本件道路位置廃止処分(以下本件処分という。)は被上告人の承諾を欠くものとした原判決の認定判断は、首肯するに足り、その間に所論の違法は認められない。所論は、理由がなく採用することができない。
同二および三について。
まず、被上告人の承諾と本件処人の効力との関係について考えるに、東京都建築基準法施行細則(昭和二五年東京都規則第一九四号)八条(昭和三六年東京都規則第一一六号による改正前のもの)および原審確定の事実に徴すれば、本件処分をするにあたつては、被上告人の承諾を必要とするにかかわらず、これを欠いていたことは、原判示のとおりである。したがつて、本件処分は違法な処分といわざるをえない。しかし、本件において適用されるべき基準法関係法令の諸規定に徴すれば、基準法四二条一項五号に基づく位置の指定を受けた道路につき道路位置廃止処分をする場合における所定の権利者の承諾は、道路位置指定処分をする場合における権利者の承諾と異なつて、主として、指定による私権の制限の解除を意味するものであるのみならず、原判決の確定した事実に徴すれば、被上告人および訴外久松勇は、その意味を正しく理解していなかつたとはいえ、私道が従前よりは狭くなる程度のことを承知のうえで本件道路位置廃止申請書添付の図面に押印したものであることがうかがわれる。それゆえ、被上告人らの承諾を欠く申請に基づいてされた本件処分であつても、その承諾の欠缺が申請関係書類上明白であるのにこれを看過してされたというような特別の場合を除いて、これを当然に無効な処分と解することはできない。ところが、原判決は、被上告人の承諾は本件処分に必要欠くべからざる根本要件であるとしたうえ、その欠缺の一事からただちに本件処分を無効としているのであつて、本件処分の効力に関する判断を誤つたものというべく、この点の論旨は理由がある。
つぎに、本件処分後の事情と基準法四三条一項(昭和三四年法律第一五六号による改正前のもの)違反との関係について考えるに、原審確定の事実によれば、本件道路の廃止により、被上告人および訴外久松勇の各所有地が袋地となつたものであつて、本件処分が同条項の規定に違反する違法な処分といわざるをえないことは、原判示のとおりである。ところで、同条項の趣旨とするところは、主として、避難または通行の安全を期することにあり、道路の廃止により同条項に抵触することとなる場合には、基準法四五条により、その廃止を禁止することができるものとしているところからみれば、右の禁止もまた、避難または通行の安全を保障するための措置と解せられる。してみれば、道路の廃止によつて、いつたん、基準法四三条一項の規定に違反する結果を生じたとしても、その後の事情の変更により、右の違反状態が実質上解消するに至つた後においては、もはや、基準法四五条に定める処分をする必要はなく、また、これをすることもできないものと解すべきである。この趣旨に即して考えれば、基準法四三条一項違反の結果を生ずることを看過してなされた違法な道路位置廃止処分であつても、当該処分の後、事情の変更により、違反状態が解消するに至つたときは、処分当時の違法は治癒され、もはや、これを理由として当該処分を取り消すとか、当該処分が当然に無効であるとすることは許されないと解するを相当とする。したがつて、原判決が、本件処分後に被上告人らの所有地が袋地でなくなつたことを確定しながら、この事実をもつてしても本件処分が有効となる理由はなく、本訴請求の利益が失われることもないとした判断には、結局、処分の効力に関する判断を誤つた違法があるものというべく、この点の論旨も理由がある。
原判決には前叙のような違法があるから、その余の所論について判断するまでもなく、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官松本正雄は、退官につき評議に関与しない。
(田中二郎 下村三郎 関根小郷)
上告指定代理人石森光信、同小幡哲夫、同糟谷昇三の上告理由
一 <略>
二 (1) 次に原判決は、「瑕疵が重大且つ明白なるときは当然無効とする考え方が行われているが、重大明白の意は捕捉し難く到底具体的標準とはなし得ない」とし、本件道路位置廃止処分には(重大且つ明白な瑕疵はないけれども)廃止処分に必要欠くべからざる根本要件を欠いている瑕疵があるから無効であるという旨の判断をしている。
(2) しかして原判決は本件道路位置廃止処分は、控訴人の承諾を欠いている点とこの処分によつて袋地の生ずるものである点を把えてそれだから本件処分は根本要件を欠くという旨を判断している。
けれども前記のように控訴人の承諾を欠いていないと考えるべきである。
また、道路位置廃止処分によつて袋地を生ずることがあるとしても、その袋地となるべき者がそのことを受認することもできるのであるし、又は他の土地を使用して公道に達する方法を講じて事実上袋地でなくすることもできるのであるから、これを根本要件とする必要はない。
従つて、本件道路位置廃止処分には原判決のいうような根本要件の欠缺はないものである。
(3) ところで原判決が右にいう根本的要件を欠いている瑕疵というのは、講学的にいう「重大なる瑕疵」を意味するものであろう。して見れば、原判決は、行政処分は、それに重大な瑕疵があればそれが明白でなくても無効であると判断していることになろう。
いうまでもなく、行政行為は、その違法が重大かつ明白である場合のほかは当然無効ではないとするのが、確立された最高裁判所の判例であるから(昭和三一年七月一八日大法廷判決、昭和二五年(オ)二〇六号、民集一〇巻七号八九〇頁参照)、原判決はこの点において判例違反があるというべく、破棄をまぬがれないというべきである。
三 (1) 更に原判決は、本件処分後において土地利用状況の変更があり、袋地がなくなり建築基準法第四三条違反の事実が解消したからといつて、本件処分が有効となる理由はないとし(原判決六丁目裏)、いわゆる瑕疵の治癒を認めていないが、この点も判例に違反する。
すなわち、行政行為に瑕疵があつても、その後の事情により瑕疵が治癒され、行政行為が有効となることは最高裁判所の判例の認めるところであり(昭和三一年六月一日二小判、昭和二九年(オ)三一七号、民集一〇巻六号五九三頁。昭和三四年九月二二日三小判、昭和三二年(オ)二五二号、民集一三巻一一号一四二六頁。昭和三六年五月四日一小判、昭和三三年(オ)四四六号、民集一五巻五号一三〇六頁参照)、この点においても原判決は破棄をまぬがれないものである。
(2) なお、附言するのに、本件道路位置廃止処分後において、被上告人(控訴人)が袋地となるべき所有地の北側に同地と接続した土地を買い受けた結果それら土地が北方道路に接することになつたこと、訴外久松勇所有の袋地となるべき土地が訴外神谷忠一に売却され右西方に位置する同人所有地と接続して一体となつたことにより袋地でなくなつたことの二事実は原判決の認定するところであるが、そもそも本件道路位置廃止申請に当つては、被上告人(控訴人)や久松勇は自己所有地が後日そのように袋地でなくなることを予想して申請に同意したものであると見ることもできるのであるから、この点よりすれば本件においては瑕疵の治癒を認めるのが至当であるといわなければならないものである。